lonely
「じゃあ、少し出かけてくるね。」 「ああ、構わないが外は危ないから気を付けろよ。」 「・・・・ユリウス、それお父さんみたいよ?」 「なっ!!」 「ふふ、行ってきます!」 「さ、さっさと行ってしまえ!!」 ―― そんなやりとりとして居候の少女を送り出したのは、数回時がめぐる前の話・・・・。 時計塔は静かだ。 別に人の住んでいない所に立っているわけではなく、塔の下はたくさんの民が集う憩いの広場であり周りにはたくさんの町もある。 けれど、そもそもこの世界における陰の部分を司る時計塔の内部に近づこうとする者はない。 しかも塔のユリウスのいる場所まではかなり階段を上がらなくてはならないため、時計を持ち込む者以外が訪れることはまれだ。 故にユリウスの住居兼仕事場はとても静かだった。 少し前、居候が転がり込む前までは。 仕事机に向い何万回もやり慣れた作業を繰り返しながら、ユリウスはふっと手を止めた。 (静かだな。) いくつかの時計の小さな針の音と、時計塔の上を吹き抜ける風の音が微かに聞こえるぐらいで、あとは音のない静けさ。 なんだかそれが酷く久しぶりな気がして、ユリウスは次の部品を時計に組み込みながら息を吐いた。 (最近はあいつがいつもいたからな。) 居候こと、異世界から来た少女、アリス=リデルが。 (変な奴だ。) この世界に外の世界から来られるというのはとにかく稀なことだ。 相手が望んで、こちらも望まなければけしてありえない。 だというのに、アリスはペーター=ホワイトに無理矢理ひっぱりこまれたと言って、帰るのだと言い張っている。 まあ、それに関してはユリウスの関与するところではないし、興味もなかったからいいにせよ、一番変なのはこの時計塔に居候を決め込んだところだ。 (放り出したんだがな、私は。) 勝手に何処かへ行けと時計塔から放り出した少女は、なんでも帽子屋の屋敷に行き着いたらしいのだがここへ戻ってきた。 そしてユリウスの所がいいと言って居座ってしまった。 (・・・・本当に変な奴だ。) そう思いながら次の部品に手を伸ばして、また「静かだ」と思う。 そして同時に眉を寄せた。 (別に、アリスは煩くはないはずだが。) そうだった。 アリスはユリウスが仕事をしている時に騒ぐような無神経な真似はけしてしない。 自分も部品整理の仕事をしてる時もあるし、本を読んでいる時もある。 けれど一番多いのはユリウスの手元を見ていることだ。 何が気に入ったのか、アリスはユリウスが時計の修理をしているのを酷く楽しそうに見ている。 最初は物珍しいのかと思ったが、いつまでたってもアリスはユリウスの仕事を見ているのが好きなようだった。 けれどそうされて煩わしいと思ったことはなかったはずだ。 ならば、何故、今こんなに「静かだ」と感じるのだろう。 ふう、とため息を一つついてユリウスは立ち上がった。 (コーヒーでも飲もう。) 気が散っているというのとは違うが奇妙に落ち着かない気分を納めようとユリウスはキッチンに入る。 コーヒー豆を出して引いているとまた奇妙な気分になった。 (そう言えば最近はアリスが煎れてくれていたんだったか。) 仕事の合間にコーヒーの入れ方を覚えたアリスがコーヒーを煎れてくれて、何とはなしに採点をしてみたら彼女はムキになったのだ。 ネルのフィルターでコーヒーを出しながらユリウスは口元だけで笑う。 (いつの間にか道具を変えるほどはまるとは思わなかったが。) 最後の一滴までいれてカップを持ち仕事机に戻ったユリウスは何気なく一口コーヒーを飲む。 そして ―― 首を捻った。 (・・・・美味くない。) 別に劇的に味が悪いとかそういうわけではない。 けれど、何故か足りないと感じる味だった。 いつものコーヒー豆で、アリスと同じ方法で煎れているはずなのに、いつものコーヒーと味が違った。 「・・・・?なんだ?」 何が足りないというのだろう、と自分でも首を捻ったが答えは出なかった。 美味くないけれど飲めないわけではないからゆっくりコーヒーを飲みふと、窓の外を眺める。 外は青空の快晴、昼の時間だ。 (あいつが出かけたのは・・・・もう3時間帯前か?) 確か夕方の時間帯に出かけてそれから昼が2回来ていた。 そう考えてから、正確に思い出せることにまた首を捻る。 ―― 静かで、落ち着かなくて、何か足りなくて、何かを気にしている。 全てが一つのことで説明がつきそうなのに、ユリウスはそれがわからなかった。 ただ自分で煎れたあまり美味しいと思えないコーヒーを啜って、黙々といつもの作業を繰り返す。 時折窓の外を確認して。 数時間帯後。 「ただいま。」 ひょっこりと帰ってきたアリスの顔を見てユリウスが開口一番言ったのは。 「・・・・遅い。コーヒーを煎れてくれ。」 ―― ユリウスがアリスの外出にいい顔をしなくなる、少し前のお話。 〜 END 〜 |